Temple Morning 開催報告と不意に振られたお墓と埋葬の話

前回に続いて雨の中の開催となりました。

ということで、常連さん2名と一緒に今回も本堂内を中心にお掃除。
本堂内だけだとそんなに時間もかからないので、今日はいつもよりお茶とお話の時間を長く取ってみようと少しだけ早めに掃除を切り上げました。

そして、お茶の時間には私の祖母も加わり、参加者さんから樹木葬の話題が振られたので、お墓と埋葬方法の話で盛り上がりました。
私からは、最近の新たな動向について情報提供させていただき、高齢の参加者さんからは土葬時代のお話を聴かせていただきました。
今まで何回か土葬の頃の話は聴いたことがありましたが、改めて聴くと考えさせられるものがありました。

「土葬は嫌だった。土に埋めた棺が朽ちて地面が凹んでくるのが何とも生々しくて」

と1人の方がお話してくれました。

その後に「火葬はさっぱりするからいい」と続けました。

私の経験上も、確かに骨になった様子を目の前にすると「諦め」のようなものが生まれるように思います。
僧侶になって以来多くの葬送の現場に立ち会ってきましたが、火葬場で炉に棺を納めるところで、遺族の悲嘆の気持ちがピークに達するように感じることが多いです(ちなみにウチの地域は葬儀の日の朝に先火葬)。

しかし、土葬も「しばらくして、地面が凹んでいるのを見てあちらの世界へ行ったんだなと再度見送った気持ちになった」という方もいたりと、やはり感じ方はそれぞれなのだなと思います。

他にも土葬の場合は、真偽は定かではありませんが「未練を断ち切れなかった人が掘り起こしてしまった」なんて話も聞いたりします。

どちらが良いかというのは十把一絡げに言えませんが、現在進行形で「家」「家族」「個」のあり方が変わっていく中で、お墓と埋葬方法については立場上深く考えざるを得ないです。

実際、身の回りでの最近新たな埋葬方法についても話題になっているので、何ともタイムリーな話題が振られたものだと思いました。

こんな話題もあります。

人間の遺体の堆肥化認める、法案が通過 米ワシントン州

ちなみに日本で行われている火葬は数ある埋葬方法の中でも最もエネルギー効率が悪く、二酸化炭素を排出するECOじゃない埋葬方法だそうです。

埋葬方法はECOか否かで判断するものではありませんが、持続可能な世界を目指していく中で一つの事実として抑えておいた方が良いかもしれません。

 

散骨やら樹木葬やら色々な話が出て最後に

「こういうのも流行り廃りなのかねぇ。好きにすればいいのにね」

と正にそうかもしれないと思わされる一言が。

しかし、現実的に法的なことも関わってくるし、様々な社会的文化的な文脈と背景もある。
また、人が死ぬということはその人だけの問題でもなく、周りの複数の人が関わり、それぞれの感情も交錯する。

近代の埋葬方法は法律が先行してそれに誘導される形となっているが、今後もその展開順序は変わらないだろう。

埋葬方法は宗教・宗派を問わないものでもある。
日本にも様々な出自や宗教の人たちが住み着くようになる中で、どのような埋葬方法が今後検討されるのか。当然、墓のあり方もそれに伴い変わっていく。

どうなっていくか。
アンテナ高くしてみていくしかない。

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