学んで迷って

勤めを辞めた理由の一つに「勉強するための時間を取りたい」というのがあります。

 

退職前はそう言った時間が全く取れなかったという訳ではなく、努力次第でもっと時間を取ることはできたとは思うのですが、勤めをしてお寺のことをして家族と過ごす時間も持って、となると脆弱な私の精神ではなかなかまとまった時間を取るだけの意思の力が絞り出せませんでした。

 

ここ最近は、時間的な余裕が増えて溜まりに溜まっている積読を少しずつ消化しています(消化する先からまた溜まってきていますが…)。

 

 

最近読んだのは⬆︎です。
(100分で名著シリーズはとっつきやすくてオススメです。)

 

これまでなされてきた諸研究を踏まえて、大乗仏教経典の成立とそれぞれの特徴・世界観について書かれています。
講師と青年との対話形式で進行していくので、仏教初学者にとっても読み進めやすい一冊だと思います。
歴史上の人物である釈迦が説いた、「釈迦の仏教」と釈迦の死後に成立した「大乗仏教」。
両者を比較し、その違いや共通点を示しながら、各章ごとに主だった経典を取り上げて解説されています。

 

私のような立場の者からすると、読後に色々と考えさせられる内容です。

「現代に釈迦や宗祖が生まれたら、この状況をどう考え、どうするのだろう」という問いに向き合うことしかないと思っています。
しかし、私などでは一生かけてもとても答えは出せそうにありません。
モヤモヤした頭を抱えながら一生問いと共に生きていくしかないのかな、と半ば諦めながらも諦めずに問い続けたいと思います。

 

著者の「自分の心に少しも嘘をつかないようにして釈迦を信奉する」というスタンスには敬服するとともに、うらやましくも思います。

 

現代は、昔よりも寿命も延びた、命の危険は無いし、多くの病は治るものになった。
食べ物も着るものも住む場所に困ることも滅多に無い。
生活も便利になって、新たな技術が日々私たちを豊かにしてくれる。
祈るしかできなかった、不条理で理不尽だと思われた事の多くにソリューションが示されました。
いい時代です。

 

しかし、「信仰する」という点においては随分とやりづらくなってしまったなと思います。
もちろん信仰することを手放しに勧めるつもりは毛頭ありません。

 

現代人は、目に見える、(科学的に)理解できるものに対峙することには強くなりました。
その反面で、まだまだ残されている未知のどうにも理解不能なものに対峙した時、それに向き合うことが苦手になっているのではないでしょうか。

 

どんなに周りの環境が変わって、世の中の困りごとが少なくなっていっても、誰しもこの身一つから抜け出すことができない儚い存在である人間。
どこまでいっても、愚かさは拭い去れないものだと思います。

 

不条理で理不尽で理解不能な何かに対峙した時、自分を支えてくれる「なにか」を持つことは、いつの時代も大切なことではないかな。

 

立ちはだかる人生の壁にぶち当たるたびに、脆弱な精神の私はそんな風に思ってしまいます。

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