コミュニティで見送る

ジャニーさんのお父さんって高野山真言宗のお坊さんだったんですね。
知りませんでした。

ジャニー喜多川 – Wikipedia

ジャニー喜多川さん、きょう12日「家族葬」…遺影の両側には“子供達”の名前

”事務所は「ジャニーの子供でございますタレントたちとJr.のみで執り行う家族葬とさせていただきます」とし”

社会の中での”家族”のあり方が変化していく中で、家族葬の定義もあわせてアップデートされていければいいなと思います。

今回のジャニーさんの葬儀はその一つのきっかけになるのではないでしょうか。

 

私は、現状の家族葬のあり方を否定してはいません。
近親者だけで、ゆったりとしたお別れの時間を過ごすことは故人と遺族にとってかけがえのないものです。
そういった時間を大切にしたいという気持ちはとても共感します。

その一方で、家族以外で親しくしていた「知らされなかった」人たちの気持ちもわかります。
人それぞれですが、大体の人が家族以外にも複数のコミュニティに所属していて、お世話になったりお世話をしたりという関係があります。
その中で、「今生最後のお別れ」をしたいという方もいます。

 

家族葬という言葉を使い、葬儀が閉じたものになってしまってはならないと思います。
葬儀にかかる遺族の手間やコストに配慮をした(手間はある程度あった方が良いと思ってる)、コミュニティに開いた形の葬儀がこれから形作られていければなと思います。

 

残された者たちに死に様を見せるのは、先に逝く者の役目のようにも思っています。

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